【高梨の多摩雑感vol.52】デジモンアドベンチャーから見る「デジタル社会」の表裏
「アナログ」から「デジタル」へ移行が進む。
まさに今自分たちはそんな時代を生きている。
携帯電話が生まれ、インターネットが整い、なんでも自分たちで調べることができようになり、大企業でさえ大きく働き方を変えるような動きが出てきている。
この大きな変化の波に乗っていく人もいれば、拒否する人も沢山いた中で「コロナ」という変化をしなければならない状況が生まれたことが、この変化の波の追い風となった。
これまでの常識が通用しない。
これまで優位だと思っていた強みが逆に足かせになっていく。
新しいビジネスモデルとアイディアを持った人がこの先のデジタル世界をスピード感持って作っていく。
そんなスピードが速まったデジタル時代においては、誰もが情報を発信できるようになっていて、受け身の姿勢ではますます遅れていく。
この変化の波での強者はこの「スピード感」をもって、自分の常識にとらわれずに枠を広げ、様々な体験をし、方向性を変えながら進んでいく者だろう。
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このデジタル化の恩恵を受けて、ランニングマシーンで走りながらIPHONEで一本のアニメを観た。
「デジモンアドベンチャー」である。
8人の選ばれし子供たちがデジモンの住む「デジタルワールド」へ入り込み、パートナーであるデジモンと冒険し成長していく話だ。
この作品を最後に観たのはおそらく小学6年生。
毎週日曜日のam9:00を楽しみにしていたのを覚えている。
この時はまだ携帯電話もそこまで普及はしていなく、「ポケベル」を用いて友達に「オハヨウ」と送っていた時代だ。
その時に観たこの作品の印象は「デジモンと冒険できる面白いアニメ」でしかなかったが、今この作品を改めて観るとその内容やテーマの深さに驚いた。
主人公たちが住む「現実世界」とデジモンが住む「デジタルワールド」は別の世界であるものの、実は密接していて、お互いの世界に影響を及ぼしているものである。
我々のいる【現実世界】が「主人公たちが住む世界」であれば、【ネット世界】が「デジタルワールド」であり、現実世界で起こしたことはネット世界にも影響が出てくること鑑みるとこの「デジモンアドベンチャー」の設定は我々が生きる時代を象徴する作品でもあるだろう。
そしてまさに我々が進んでいる「デジタル社会」というのは、「アナログ」と「デジタル」の融合社会であり、「デジモンアドベンチャー」でいえば「主人公たちが住む世界」と「デジモンワールド」が一緒になっていくことを意味する。
そうなってくると今までの常識は常識じゃなくなるし、全く新しい道を開拓する必要が出てくるし、そこに順応した者がこの「デジタル社会」を生き抜いていくことになる。
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「デジモンアドベンチャー」では「デジタルワールド」での動きが「デジモン」を通じて「現実世界」へ良くも悪くも影響を及ぼしていくが、これは我々が進もうとしている「デジタル社会」に対するある種の警笛のように感じる部分がある。
この作品が放映されたのは約23年前。
年にして1999年であり、ちょうど2000年問題が騒がれていた時だ。
インターネットが少しずつ普及してきて、その変化に利便性を感じながらも不安を感じていた時代。
この作品を生で観て育った我々世代(筆者は1986年生まれ、35歳)はまさに大人になった今、この作品のテーマの一つでもある「デジタル化」に直面しているともいえる。
「デジタル社会」では多くがIT化され、人の手も減りミスも減り、より効率的になり、ますます利便性が良くなっていく。
直接の人間関係も減るわけなので、パワハラやアルハラも減り、人間関係で困っていた人は住みやすい社会になるかもしれない。
でもその代わりに人間関係はより薄弱となるわけだから、「人間性」を求められる機会が減るのかもしれない。
そうすると対面でのコミュニケーションが取れなくても、スキルやコンテンツだけでうまく生きていけるようになる。
「デジタル化」における良さ、悪さは表裏一体で、進め方、活用の仕方次第で大きく変わってしまうように思う。
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「デジモンアドベンチャー」では、両親の関係が良くなく、うまく友達と接することができないヤマトや、両親が交通事故で亡くなり育ての親に育てられたため気持ちを表にあまり出せないコウシロウ。強気な母親とうまくコミュニケーションが取れないソラ。などそれぞれに悩みを持っている。
その全てに共通するのは「人間関係の問題」である。
これが上手くいかないことで悩む子供たちが、デジモンや仲間との冒険を通じて両親の本当の想いを知るきっかけとなっていく。
この作品の中で重要視されているもの。
それは「友情」「愛情」「勇気」「誠実」などの「人の感情」の部分だ。
これがきっかけでデジモンたちが進化するし、
そして主人公たちがこの「人情」をはきちがえると悪いデジモンへ進化してしまう。
そんなところも現代の「デジタル社会」において通じる部分があるのではないだろうか。
また主人公たちは「デジモン」や「デジタルワールド」を通じて、自分らしさを再発見し、自分らしく生きるようになる。
「デジタル」を通じて「人間関係」によって出せなかった本来の自分を取り戻す。
この「デジモンアドベンチャー」は「デジタル化」が人間にとって良い方向に向かっていくことを願って作られたような作品だと筆者は感じた。
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結局54話すべてをランニングマシーンの上で見切ってしまったのだが、なんとも強いメッセージを感じてつい書きなぐってしまった。
「デジモンアドベンチャー」を見ていた当時小学生だった自分が、大人になってまさかこんな記事を書くことなど予想谷していなかったわけで。
それでも大人になってもまた違う視点で楽しむことのできたこの作品はやはり名作。
是非みなさんも改めて見返してみると新たな発見があるかもしれません。
最後に主題歌である「Butter-fly」の好きな歌詞を。
無限大な夢の何もない世の中じゃ
そうさ愛しい思いも負けそうになるけど
stayしがちなイメージだらけの頼りない翼でも
きっと飛べるさ oh my love
同世代の仲間で活動しているので当初見ていたアニメや、聞いていた歌など、一緒に走ってたりするとつい出てきてしまいます。笑
選ばれし子供たちが8人、我々メンバーも8人だ!なんてちょっと思うのは完全に中2病ですね...笑
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